「わたしは幽霊にはなれた。だが、全知全能にはなれなかったんだ。
ハッハッハ! でも、まあいいさ。まもなくその神になろうじゃないか。
そのうち、いつの夜かあんたらが油断しているときに、剃刀を手にしてよみがえってこようよ」
盲目の理髪師
イントロダクション
バージニア号
ノンプレイヤー・キャラクター
仮装パーティー
「狩り」と手がかり
NPCの行動
終幕
キーパーへの注意
ハンドアウト
デザイナーズ・ノート
イントロダクション
■ 始めに
このシナリオの舞台は、1930年代後半にイギリスからアメリカへと渡る豪華客船です。最適プレイヤー数は3〜4人、プレイ時間は約5時間を想定しています。
キーパーおよびプレイヤーが時代背景やクトゥルフ神話について詳しく知っている必要はありません。ただしこのシナリオには時間制限があるために機敏な行動が要求され、よって難易度は低くありません。ある程度テーブルトークRPGに慣れたキーパーとプレイヤーに向いているでしょう。
一部でルール外の略称を使用しています。SAN→正気度ポイント、SANチェック→正気度ロールのことです。
■ 概要
PCたちは豪華客船バージニア号の処女航海の乗客であり、優雅な船旅を楽しんでいます。クリスマスイヴの夜、船上で催される仮装パーティーのさなかに切り裂きジャック姿の人物が現れ、船を舞台にした「狩り」の開幕を宣言します。船には時限爆弾が仕掛けられ、そのタイムリミットはわずか3時間。船上で無差別殺人を繰り広げる犯人の正体を暴いて爆弾を停止させない限り、全員が海の藻屑となることは必至です。
■ 背景
1888年にイーストエンドのホワイトチャペル街に出没した連続殺人鬼は「切り裂きジャック」として知られています。ジャックは逮捕されないまま真相は闇の中へと消えましたが、この犯罪史に残る一連の殺人事件は何人もの模倣犯を生みました。例えば、1903年に切り裂きジャックと全く同様の手口で何人もの女性を殺害したクラレンス・ナッシュという青年は、はからずもマスコミから「ジャック・ザ・セカンド(ジャック2世)」というあだ名を冠せられました。
1934年、ジャック・ザ・サードの名にふさわしい男が現れました──警官に撃ち殺されるまでに11人の売春婦と2人の浮浪者を殺害したその男の名はジョセフ・グレシャムといい、ロンドン大学の医学生でした。殺害方法は切り裂きジャックに倣った残酷なもので、イーストエンドの下級売春婦たちを狙い、メスのような刃物で喉を切り裂き臓器を切除して持ち去る、または腕や足を壁にひっかけて飾る、などでした。この事件を解決したのがスコットランド・ヤードのルーカス警部です。彼は2週間にわたってグレシャムを尾行し続け、ついには犯行現場を押さえたのです。抵抗しようとしたグレシャムはその場でルーカスに射殺されました。
しかし真実は全く逆なのです。ジャック・ザ・サードの正体はほかならぬルーカス警部その人であり、グレシャムはスケープゴートだったのです。ルーカスはロンドンの街に巣くうクズどもを自らの手で始末するために連続殺人を計画し、さらにその解決を自分の手柄にすることで一石二鳥を図ったのです。最後と決めた獲物を存分に味わった後にグレシャムをも殺害し、その手に剃刀を持たせ罪を着せる――ルーカスの目論みは完全に成功しました。
自分と同じ左利きで解剖学の知識を持ち、できれば一人暮らしであること。スケープゴートの選定はほぼ完璧でしたが、唯一の誤算はグレシャムの両親でした。息子が殺人鬼のはずがないと信じた2人は田舎からロンドンへ上京し、独自の調査を行って真相に迫ってきたのです。それを知ったルーカスは強盗の仕業に見せかけてこの夫婦を無残に殺害しました。証拠は隠滅され、これで事件は終わったかに見えました。
ルーカスは知らなかったのです。ジョセフ・グレシャムには兄と妹がいたことを。アメリカで金鉱採掘に従事していた兄妹が事件を知って急いで戻ってきたときにはすべてが終わっていました。兄妹はひそかに調査を開始し、事実をつかみました。しかしルーカスがいる以上警察はあてにできず、それ以前に立証のすべさえないのです。兄妹に残された手段はただひとつ、すなわち自らの手による死刑執行でした。それも確実かつ恐怖に満ちたものでなければなりません。
復讐を決意した兄妹がロンドンに戻ってから約2年半後、2人はデクスターと名乗る医師の訪問を受けました。デクスターは自分が亡き父親の友人だったと自己紹介し、さらには事情をすべて知っていると言って協力を申し出てきたのです。兄妹は何かの罠ではないかと疑いましたが、デクスターの持ってきた情報は本物でした。3カ月後にルーカスは家族を連れて豪華客船バージニア号に乗船するというのです。これこそが待ち望んだチャンスです。デクスター医師は帰りぎわに細長い箱を取り出し、こう言いました。「これがきっと君たちの役に立つはずだ。君たちに魂と命を賭してでも復讐を成し遂げる覚悟があれば、の話だが」
兄妹が箱を開けると、中には不気味に輝く一本のカミソリが入っていました。
■ 導入
キャラクターは1920年代のものを使用します。豪華客船の客となる都合上、PCは貴族、弁護士、医者など中流以上の階級の出身が望ましいのですが、だれかに招待されたりつきあわされたりといった理由があればその限りではありません。セッションのスムーズな運営のために、少なくともPC同士は気が合う仲間になったことにしてもいいでしょう。もちろんPC同士が最初から知り合いであるという設定で始めてもかまいません。
プレイは出航日である1937年12月20日から開始され、本編は24日の船内クリスマスパーティーの日になります。PCはバージニア号でイギリスからアメリカに向かう乗客です。この船は北大西洋行路の遠洋定期船として造られたものですが、処女航海に際して一等と二等にだけ招待客を乗せて船旅を楽しむという企画を立てました。謳い文句は「本当に世界で最も豪華な船旅!」です。
最初の数日で客たちの気心も知れていきます。ホールや大食堂に場を定めてプレイヤーに自分のキャラクターの自己紹介を行わせてください。この時NPCも一緒に自己紹介を行います(ホールや食堂での歓談に参加したりするNPCに限りますが)。
プレイを4〜5時間程度として、最初の1時間はキャラクターの設定作りや船内の散策、そしてNPCとの交流にあててください。キーパーは主要NPC全員を何らかの形でPCと接触させてください。NPCは自分の動機に従って勝手に動き回りますが、PCとゲームや飲食をすることもあるでしょう。
バージニア号
シナリオの舞台になる新造豪華客船がバージニア号です。大きさはモーリタニア号などと比べるとまったく及びませんが、豪華さでひけはとりません。新造であることを別にしても、世界で最も快適で美しい船の一つです。所有する会社はアメリカのフレッチャーズ海運です。
キーパーは船の従業員を演じるにあたって丁重さを忘れないでください。彼らは訓練された一流のスチュワードであり、ちょっとのことでは取り乱したりはしません。すべてに一流のサービスを提供することがこの船の使命なのです。なお従業員は全員白人です。
本来この船で旅をすればかなりの費用がかかりますが、このシナリオの主題はPCに生活感や日常性を感じさせることではありませんので、そのようなことは一切問題にしません。
■ バージニア号のデータ
全長 400フィート
総トン数 16000トン
平均速度 27ノット
乗組員 約300人
船客数 特等、10室
一等、40室
二等、50室
三等、80室(この航海では未使用)
■ 船内の構造 (マップを参照する)
客船は階層状のビルのような構造をしています。一番上の階はAデッキと呼ばれ、以下B、C、Dデッキとなります。
Aデッキは広く甲板を取り、軽いスポーツができるほどのオープンスペースがあります。船客はよくここで散歩やバトミントンをします。甲板の両サイドには救命ボートが設置されています。中央部の建物部分はほとんどが乗務員用区画で、客が立ち入って面白いものはありません。操舵室や無電室はここにあります。デッキ最後尾にはガラス張りの広い展望室があり、船客は風に当たらずに海を眺めることが出来ます。
Bデッキには公共設備が集められています。最前端には広く豪華なラウンジがあります。ラウンジにはソファ、テーブル、雑誌などが揃えられており、いつも大勢の客がくつろいでいます。そのすぐ後方にはやはり非常に豪華な大食堂があります。隣には大きな厨房があります。連絡室というのは船内の放送や通信を行うための部屋です。大食堂の後方にはエントランスホールがあり、B、C、Dデッキをつなぐ階段があって吹き抜けになっています。エントランスホールの後方はすべてのデッキにおいて乗務員区画が多くを占めています。船長室、医務室、礼拝堂はこのデッキにあります。また、船長室の近くには特等船室が並んでいます。
Cデッキも公共設備がそろっています。前方からショースペース、カジノ、会議室、ショップ、カフェテリア、バーetc。ショースペースはダンスや音楽のための部屋で、前方にはステージと広いダンススペースがあり、後方には椅子が並べられています。バンドは常時ラウンジにいますが、有名な音楽家を招いてここで演奏することもあります。他にも専属のダンサーやマジシャンが雇われています。大会議室は船長の許可を得て使うもので収容人数60名ですが、デッキ後方には収容人数20名程度の小会議室も4室あります。カフェテリアは10時から20時までオープンしており、飲み物や軽食を提供しています。バーはデッキ後方に3ヶ所あり、夜の10時までオープンという規則なのですが、なぜかどこも午前0時まで開いています。乗務員区画には資料室もあります。デッキ最後尾には一等船室が並んでいます。
Dデッキにあるのは一等船室と二等船室です。一等は1人あるいは2人部屋で、ニ等は2人部屋が基本です。
EデッキとFデッキは二等と三等の船室です。最下層のGデッキはエンジンルームと倉庫と乗務員室です。
ノンプレイヤー・キャラクター
NPCのデータは「外観」と「動機」に分かれています。外観とはそのNPCの見せかけであり、他人に見せたいと思っている姿です。動機こそがNPCの真実であり行動原理です。
PCはNPCの外観に関する情報を簡単に入手できます。PCが名の通ったNPCと出会ったならば〈知識〉ロール(あるいはそのNPCにふさわしい技能ロール)を行わせ、成功ならば外観についての情報を与えてください。それ以外にも、PCがちょっと調べれば外観について知ることは容易です。
対して、動機を暴くことは困難な仕事です。比較的簡単に判明するNPCもいれば、シナリオの解決に直接影響する動機を持ったNPCもいます。NPCたちの外観をはがしとり動機を暴くこと、これこそがシナリオクリアへの道なのです。
■ マルコム・ルーカス
STR 17 CON 14 SIZ 17 INT 17
POW 15 DEX 11 APP 11 EDU 20
SAN 0 耐久力 16
ダメージ・ボーナス:+1D6
武器:.45オートマチック 75% 1D10+2
棍棒 55% 1D6+db 受け 40%
グラップル 60% 特殊
技能:医学 40%、応急手当 50%、オカルト 30%、
隠れる 55%、聞き耳 65%、忍び歩き 75%、
心理学 70%、目星 60%、ドイツ語 65%
外観──男性。46歳。身長187cm。左利き(ほとんど両手利き)。
長身で筋肉質、さらに顔の髭のせいで一見山男のように感じますが、氷のように輝く目が鋭い知性を覗かせています。スコットランド・ヤード随一の切れ者で、犯罪者には容赦しない厳格な人物です。プライドが高く上司に取り入ることができない性格なので昇進にはあまり縁がありませんでしたが、ジョセフ・グレシャムの事件を解決したことにより警部から主任警部に昇進しています。
今回アメリカの警察から講演を依頼され、妻と娘を連れてバージニアに乗船しました。家族を心から愛しており家庭では子煩悩な父親です。妻の名はマージー、15歳の娘の名はアリシアです。
有事には機敏かつ果敢な人物で、多少過激な手段もためらいません。かつての事件でサバティーニ船長と知り合っており、船長から信頼されています。家族のことを別にすれば常に冷静冷酷な男です。
キャラクターが〈知識〉ロールに成功すればルーカスのことを知っています。キーパーはジャック・ザ・サード事件のあらましを伝えてください。
「私はルーカス……ルーカス主任警部だ。講演のためにアメリカへ向かう途中でね」
動機──狂気の殺人鬼ジャック・ザ・サード。これがルーカスの正体です。職務のストレス、上司との軋轢、潔癖症、無能な市民に対する怒り……これらがないまぜとなって、ルーカスは自ら裁きを買ってでたのです。担当警部に疑いをかける者もなく、2カ月にわたり11人の売春婦を殺し続け(2人の浮浪者は巻き添えをくったのです)、見事な仕上げをもってしてすべてを終わらせました。ジョセフ・グレシャムに罪はありませんが、どうせ生きていても意味の無い人間です。最初から最後まで、そして今でも彼のなかには後悔も恐怖もありません。それどころか死後は天国へ昇れる行いをしたとさえ考えています。正確に言ってルーカスは狂信者というよりも確信犯です。
ルーカスは彼なりに家族を愛しています。その点はまったく外観のままです。家族や知人や部下に対しては常に温厚かつ公正な人物なのですが、ただ世の中には生きている価値のない人間の方が多すぎるというだけのことなのです。
どう理屈をつけようとも彼はやはり狂っています。冷静さはしょせん仮面なので、とことんまで追い詰められればキレるでしょう。そしてそれこそが「彼ら」の目的なのです。
彼は左利きですが常にそれを隠しています。食事中や銃を撃つときなどに彼を観察すると宣言して〈目星〉に成功すれば見破ることができます。
「そうだよ、私がジャック・ザ・サードだ……。それがどうしたというのだ? クズのような売女どもを始末してやったのだ、勲章をもらってもいいぐらいだよ……だろう?」
■ ダンカン・グレイ
STR 14 CON 10 SIZ 15 INT 17
POW 14 DEX 15 APP 13 EDU 15
SAN 0 耐久力 13
ダメージ・ボーナス:+1D4
武器:.357リボルバー 45% 1D8+1D4
技能:泳ぎ 25%、隠れる 45%、機械修理 65%、
クトゥルフ神話 11%、経理 60%、
重機械操作 40%、電気修理 50%、爆発物 70%
外観──男性。26歳。177cm。
やせ型で物静かな男です。細い銀縁メガネをかけ、いつも笑みを絶やしません。理性的ではあリますが押しが弱く、あまり自己主張はしません。
アメリカ生まれで、アメリカで金鉱の採掘の仕事を行っていました。事務管理が担当ですが機械関係にもかなり強く、重機や爆発物の扱いも心得があります。取引の関係でヨーロッパに渡ることも多く、イギリスでサンディ・ランペールと出会って結婚したばかりです。新婚旅行と帰国を兼ねて、一世一代のぜいたくのつもりでバージニアに乗ったのです。
もちろんサンディを深く愛しており、よく見ていれば、何があってもサンディだけは守るという意志が伺えます。
「ダンカン・グレイと申します。この船旅はわたしたちの新婚旅行でしてね」
動機──本名はダンカン・グレシャム。ジョセフ・グレシャムの兄です。船上を暗躍する切り裂きジャックの正体であり、弟と両親の敵を討つべくニャルラトテップに魂を売った復讐鬼です。目的はただひとつ、ルーカスに自分と同じ苦しみを味あわせた上で殺すこと。そのためには命すら惜しみません。
サンディは妹ですが、周囲を油断させるために夫婦だと偽っています。そしてダンカンの唯一の泣き所でもあります──自分の魂は売っても妹の分までは売れなかったのです。覚悟は決めたつもりですが、いざ妹の命が危うくなればどう動くかは分かりません。
彼の役割は実行犯です。サンディにはできないような力仕事や殺害を担当し、すぐにPCのところに戻ります。
今の彼は、妹を殺す以外のことは何でもやってのけるでしょう。必要とあらば無関係の人々を殺すことも厭いません。彼の動機をあばくことは困難ですが、ルーカスの正体が暴露されてしまえば、もう自分を隠す必要はありません。一人で罪を被って自首するかもしれませんし、自害するかもしれません。
彼の会話を聞いて発音に注意すると宣言したキャラクターは、〈英語〉ロールを行って下さい。成功すればかすかなイギリス訛りに気づきます。
「わたしはサンディと誓ったんですよ……復讐を! 奴のすべてを奪い、殺す! それがわたしのすべてだ!」
■ サンディ・グレイ
STR 5 CON 8 SIZ 10 INT 14
POW 6 DEX 16 APP 15 EDU 12
SAN 0 耐久力 9
ダメージ・ボーナス:−1D4
技能:回避 60%、隠す 65%、隠れる 75%、
聞き耳 50%、忍び歩き 85%
外観──女性。19歳。157cm。左利き。
まだ少女としか言いようのない、可憐ではかなげな女性です。常にダンカンの陰に隠れるようにして下を向きながら小声で話します。おびえたような目をしており、顔色もすぐれず具合が悪そうに見えます。実際に体が弱いためすぐに体調を崩し、あまり人前に姿を現しません。
イギリスの工場主の次女で、ダンカンとはその関係で知り合いました。感情を表にするほうではありませんが、ダンカンを愛していることは明らかです。
「……はじめまして。あ、あの……サンディ・グレイです……」
動機──ジョセフとダンカンの妹です。もともと繊細なたちだったサンディは両親の死を知ったときから壊れてしまい、今ではある意味ダンカンよりも狂っています。さも正常そうに振る舞っていますが、実は感情や意志がほとんど抜け落ちているのです。ダンカンは怒りのあまり復讐鬼と化しましたが、今のサンディは単に惰性で復讐に協力しています。
彼女の役割は力仕事以外の全般です。壁に血文字を書いたりバラバラ死体のパーツを猟奇的に配置したりといったことをすべて行い、こっそり部屋に戻るのです。どんな残酷なことも躊躇せずに実行し、顔色ひとつ変えません。動揺も復讐の喜びも表さないので、廊下を歩いているサンディを見かけてもだれも彼女を疑わないでしょう。
たとえ兄の死を目の前にしても顔色ひとつ変えません。キーパーはサンディの本性を壊れた人形のように演じてください。
〈心理学〉では彼女の狂気に気づきませんし、感情を推し量ることもできません。2人きりで10分以上会話して〈精神分析〉を行えば狂気を看破できます(もちろんそんな事態はダンカンが阻止します)。
「……くすくす。次は、あなた、ね」
■ アンブローズ・デクスター
STR 12 CON 19 SIZ 14 INT 86
POW 100 DEX 19 APP 18
耐久力 15
ダメージ・ボーナス:+1D4
武器:いかなる武器も 100%
呪文:すべて。《シャンタク鳥》か《忌まわしき狩人》か
《外なる神々の従者》を1マジック・ポイントの
消費で召還できる
外観──男性。40代? 174cm。両手利き。
彫りが深く男性的な顔立ち、引きしまった肉体、優雅な身のこなし――その風貌はどこか王侯貴族を感じさせます。年齢は30とも50とも見え、理知的で神秘的な雰囲気を漂わせていますが、ただひとつ、肌が異様に黒いことが目を引きます。もちろん黒人ではないのですが、焼けたというにはあまりに黒いのです。
人と話をせず、しばしばAデッキで海を見ています。職業を尋ねられれば医師だと答えます。話しかけられても当たり障りのない話題しか口にしません。
彼は物理学の世界では多少名の知られた人物です。ここ1、2年、世界各地の科学者に会って原子力の研究を推進しようとしているのです。肌の色について(ぶしつけな)質問を受ければ、放射線の研究中に皮膚に障害を受けたのだと答えます。旅の目的はアメリカでの講演です。
「わたしはデクスターと言う者だが……用がなければ失礼するよ。体調がすぐれなくてね」
動機──デクスター医師はニャルラトテップです! 彼は人間の姿をとって世界を動き回り、原子爆弾の発明を後押ししている最中なのです。たとえ人間の姿をしていようとも死ぬほど危険な存在であることは間違いありません。
1935年からデクスターの姿をとって人間世界で活動を始めたニャルラトテップは、ロンドンで偶然に興味深い人間を見つけました。それがダンカン・グレイです。彼の発する憎悪、怒り、絶望がニャルラトテップをひきつけたのです。そして片手間仕事として彼らの復讐を手伝ってやることにしました。そう、この復讐劇はたいへん愉快な見世物になるでしょう。彼は時間をかけて舞台を整えました。いよいよ3時間にわたる笑劇の開幕です。
デクスターは基本的に観客であろうとします。人間共がぶざまにあがく姿を見てあざ笑うためにこの船に乗っているのですから。彼が手を出すのはバランスをとろうとするときです。あまりにも早いうちに事件が解決してしまいそうならば、勝ちそうなキャラクターを妨害するために動くのです。その際にはできるだけ超自然的な力を使おうとはせず、手を下すのは最小限だけです(証拠品を隠す、嘘の証言をする、銃器を渡す、など)。この3時間をたっぷりと楽しむことが彼の目的であり、だれが勝つかはまったく問題ではありません。言うまでもなく、どんな策略や技能を用いようとも彼から情報を引き出すことはできません。
シナリオの最終段階においても自ら手を下す気はありません。ダンカンに助けを求められてもおそらく何もしないでしょう。しかし気が向けばすこしは手助けするかもしれません。すべてその時の気分次第です。攻撃されれば反撃するでしょうし、殺されれば怪物の姿に変化します(当然、船は破壊されて沈没します)。だれも手を出さなければ十分楽しんで帰っていくでしょう。
彼の肌は闇の中で燐光を放って輝きます(初めてこれを見たPCは0/1のSANを失います)。そのため明かりのない場所には行こうとしませんが、見られたからといって別に言い訳はしません。尋ねられれば放射線障害だと答えます。
「いやいや、楽しかったよ。こんなに愉快な見世物は久方ぶりだ。君たちに礼を言わねばならないな」
■ エドワード・ディクソン
STR 10 CON 12 SIZ 14 INT 18
POW 8 DEX 13 APP 14 EDU 18
SAN 40 耐久力 13
ダメージ・ボーナス:なし
武器:9mmリボルバー 40% 1D10
技能:経理 60%、図書館 75%、法律 80%、
ドイツ語 80%、フランス語 65%、
情報分析 55%
外観──男性。24歳。171cm。
分厚いメガネをかけた頼りなさげな青年です。いつもそわそわと落ちつきなく動き回り、しょっちゅう物にぶつかったり転んだりしています。
職業は事務弁護士で、ロンドンのディクソン&ディクソンズ法律事務所に務めています。仕事のために渡米するところです。
しばらく彼を見ていれば、妙な行動をとっていることに誰でも気づくでしょう――デクスター医師をつけまわして監視しているのです。やり方がかなりお粗末なので、エドワードかデクスターのいる場所で〈アイデア〉ロールに成功すればすぐそのことに気づきます。
「あ、あのっ、今このあたりを、肌が黒くて背の高い男が通りませんでしたか?」
動機──正体はイギリス国外諜報部の職員であり、任務はアンブローズ・デクスター医師の監視と調査です。核爆弾の原理と製造法に関して堂々と講演を続けるデクスターは国家にとっての危険人物とみなされており、デクスターの目的やイデオロギーをはっきりさせる必要があるのです。
エドワードは非常に優秀な頭脳を持っているのですが、いかんせん人より行動のテンポがずれています(つまりドジということです)。そんなエドワードがこの仕事を任命されたのは、デクスターの監視は重要であっても危険性や緊急性はないと判断されたからです。
この任務はエドワード単独での初仕事であり、遂行には全力を尽くすつもりです。もちろん任務を口外するようなことはありませんが、基本的に気が弱いほうなので、かなりの非常事態になれば正体を白状するでしょう。
「ええと、実は僕……せ、政府の職員なんです」
■ ロード・ロジャー・アートソン
STR 13 CON 12 SIZ 15 INT 16
POW 12 DEX 6 APP 7 EDU 20
SAN 60 耐久力 13
ダメージ・ボーナス:+1D4
技能:経理 75%、信用 80%、値切り 50%、
鑑定 70%
外観──男性。53歳。166cm。
頭はなかば禿げ上がり、最高級のタキシードでも偉大な胴回りは隠し切れません。太ったタヌキを連想させる外見で、人に好印象を与えるとは言いがたい人物です。
イギリスの子爵であり大金持ちでもあります。相手が名の通った貴族あるいは医者や弁護士ならば丁重に対応しますが、そうでなければ(つまりほとんど常に)横柄な態度で接します。
旅の目的はアメリカで開かれる宝石のオークションに出席することです。執事と3人の召使いを連れています。彼はまた荷物の中に「スルタンの王」と呼ばれるルビーをはじめとした宝石のコレクションを持っています。召使いの一人(腕の立つ元ボクサー)を専任警護にあたらせているため、特に宝石のことを隠そうとはしません。
ある程度上流階級に通じたキャラクターが〈知識〉ロールに成功すればロード・ロジャーの噂を耳にしたことがあります。彼は宝石のコレクターとして有名ですし、株や土地の取引に才能があって羽振りの良さでも知られています。
執事の名はレイモンド、元ボクサーの召使いの名はレオです。彼らはきちんと仕事をこなしますが、命をはってまで主人を守ろうとまではしないでしょう。
「なんだね、わしの顔を知らん奴がおるのかね。ロード・ロジャー・アートソンとはわしのことだよ」
動機──ロード・ロジャーに秘められた動機はありません。彼はバージニア号の雰囲気を演出するため、そしてジャックに殺されるために存在します。
彼は人間的には小物です。いかにも身分の低そうなキャラクターを馬鹿にし、ピンチにはわめき立てます。展開によってはPCにボディーガードを依頼してくるかもしれません。しかし貴族としての誇りは決して捨てず、表向き横柄な態度は崩そうとはしません。自分の命と同じぐらいスルタンの王を大事にしているので、宝石を守るためならば他人の命さえ見捨てかねません。
「ひいっ、なんだ貴様は! 望みはなんだ? か、金か?」
■ ハリソン・バイン
STR 15 CON 11 SIZ 16 INT 12
POW 8 DEX 14 APP 9 EDU 12
SAN 40 耐久力 14
ダメージ・ボーナス:+1D4
武器:.32リボルバー 40% 1D8
技能:隠れる 65%、忍び歩き 60%、錠前 80%、
目星 55%、スリ 55%
外観──男性。42歳。180cm。
髪の毛をきっちりなでつけて立派な礼服を着た牧師です。常に生真面目な表情を崩さず、あまりしゃべりません。意外にたくましい体格の持ち主で、どこか威圧的な印象を与える人物です。
英国国教会ハイ・チャーチ派の司祭であり、植民地の教会を視察する旅の最中です。船上では人のいる場所にはあまり現れず、たまにAデッキや礼拝堂にいます。
この船でハリソンに最も近しい立場の人間は礼拝堂付きの牧師ですが、彼に尋ねてもハリソンの人となりはよく分かりません。いつもハリソンは礼拝堂付きの牧師との会話を避けるように帰ってしまうからです。
「私の名はハリソン・バインという。ご覧の様に英国国教会の牧師だ」
動機──ハリソンの正体は二流の泥棒です。彼はロード・ロジャーの「スルタンの王」を狙ってバージニア号に乗り込んでいるのです。牧師の姿は念の入った偽装であり、他人に信用されやすいと考えてのことです。あまり話をするとぼろが出るので、宗教や教会に関する話題は避けて逃げ出します。
腕はいいのですが精神的には弱く、しばしばくだらないミスを犯します。金のありそうなPCの部屋に忍び込もうとすることがあるかも知れません。例えば他人の船室のドアノブをいじっているところを目撃されたりします。他にも特等船室のあたりをうろついているところが目撃されるでしょう。
ルーカス主任警部はハリソンを知りませんが、ハリソンはルーカスを知っていますので、何がなんでもルーカスと顔を会わせることは避けようとします。
キーパーはハリソンがいかにもうさんくさい人物であるかのように演じてもかまいませんが、仮装パーティーの前に正体が露見するようなことは避けてください。
「お、俺じゃねえ! 俺は殺しなんかしやしねえ!」
■ エリス・アルモンド
STR 9 CON 13 SIZ 11 INT 15
POW 15 DEX 14 APP 18 EDU 14
SAN 60 耐久力 12
ダメージ・ボーナス:なし
技能:芸術(演技) 80%、芸術(歌唱) 65%、
英語 80%、ダンス 55%
外観──女性。20歳。163cm。左利き。
流行のドレスを着こなしたブロンドの美人ですが、ちょっときつい顔立ちです。立ち居振る舞いは洗練されており、きれいなキングズ・イングリッシュで話します。
芸能方面に詳しいPCならば自動的に、そうでなければEDU×2か芸術関係の技能でロールし、成功ならば彼女について知っています。エリスは最近アメリカで売り出し中の舞台女優で、美貌と演技力から将来が期待されていますが、はい上がるためには手段を選ばない女としても有名です。私生活でめったに笑い顔を見せないところから「氷の女王」と陰口をたたかれています。没落した貴族の一人娘だと噂されています。
いつもお高くとまった感じで、階級の低そうな相手には目もくれず、貴族や会社社長を選んで話しかけます。
「あら、失礼。わたくしはエリス・アルモンドと申します」
動機──彼女はロンドンのイーストエンドの出身で、元は貴族相手の高級娼婦です。その境遇から抜け出すために血のにじむような努力を重ね、やっとこの地位まで昇ってきたのです。そのためにかなり汚い手も使ってきました。いまや彼女の精神は疲労と緊張でぼろぼろになっていますが、決して立ち止まることはないでしょう。
ひたすら上の世界を目指しているので、身分の低そうな相手には目もくれません。話しかけられても無視します。いい後援者を見つけようといつも必死になっています。
彼女は女マネージャーと3人の召使いを連れてアメリカに帰る途中です。女マネージャーの名はサラ・ケイド、エリスの親友にして唯一の理解者です。
シナリオ内の役割としては、要するにロマンス用のキャラクターです。PCがだれもエリスに興味を示さなければおそらくジャックに殺されるでしょう。彼女を守ってやろうとするPCがいるならば生き残るかもしれません。
「嘘よ……こんなのって……ねえ……あたし……こ、こんなところで……死ぬの?」
■ アーサー・ゴールドフィッシュ
STR 14 CON 11 SIZ 16 INT 17
POW 12 DEX 17 APP 15 EDU 19
SAN 45 耐久力 14
ダメージ・ボーナス:+1D4
武器:パンチ 65% 1D3+db
20ゲージショットガン 50% 2D6
技能:泳ぎ 55%、経理 75%、心理学 60%、
フランス語 70%、カード 85%、
イカサマ 70%
外観──男性。44歳。188cm。左利き。
美しく整えた口ひげをたくわえた男前の紳士で、バージニア号のパーサー(事務長)です。もっとも、パーサーというよりは粋な博打打ちといった外見で、その行動も見た目どおりです。
仕事には極めて有能であり、船内事務についてすべて把握していますが、皮肉で気取った態度からはそうは見えません。何を目にしても動揺せず、冷静というよりはつまらなそうに対処します。仕事に暇ができるとカジノに現れます。カードの腕もイカサマの腕もプロ並ですが、素人に対して本気は出しません。
「私が当船のパーサーのゴールドフィッシュです。ご一緒してもかまいませんか?」
動機──謎めいて怪しげな人物ですが隠された動機は持っていません。彼はかつての航海で深きものに関連した事件に巻き込まれたことがあり、現在はサンチョ・パンザ症の患者なのです。しかしこのことはだれにも気づかれておらず、当人も自覚していません。
船内で凶悪殺人が起こっても顔色ひとつ変えません。バラバラ死体も割れた皿も同じように扱います。この態度が怪しさを助長しますが、当人は何も考えていません。キーパーはゴールドフィッシュをいかにも怪しい人物として演じ、プレイヤーを惑わせてください。
「殺人? ああ、なるほど──ところで、ストレート…トップはクイーン」
■ サー・ブルーノ・サバティーニ
外観──男性。52歳。176cm。
バージニア号の船長です。貫録良く太って顎髭を長く伸ばし、いわば大柄なドワーフといった感じの男です。性格は豪放磊落かつ頑固ですが、正確に言うと大雑把で人の話を聞かないタイプです。実務的なことはパーサーのゴールドフィッシュに任せ切りで、よく食堂やラウンジで客の相手をしています。
「がっはっはっ! そう、わしが船長のサー・ブルーノ・サバティーニですぞ。以後お見知りおきを!」
動機──何もありません。ただ殺されるためだけに登場します。
「おい、そこのお前! わしの許可もなく何をしとる!」
POW 13 DEX 8 SAN 65 耐久力 16
■ その他のNPC
必要になったときのため、NPCの名前とデータのサンプルを示します。客として流用してもかまいません。
*ライオネル・モリス──船員
DEX 14 POW 8 SAN 40 耐久力 16
*ヴィンセント・プラン──スチュワード(給仕)
DEX 7 POW 13 SAN 65 耐久力 11
*アルヴィン・サンプルズ──スチュワード
DEX 15 POW 12 SAN 60 耐久力 13
*マーサ・ニグレイ──メイド
DEX 9 POW 8 SAN 40 耐久力 9
*ベラ・セルビー──メイド
DEX 12 POW 11 SAN 55 耐久力 10
仮装パーティー
PCはNPCと知り合いになったでしょうか。反感を抱いているかもしれませんし、すっかり打ち解けたかもしれません。どのような流れになったにせよ、このクリスマス仮装パーティーで役者が顔を揃えることになります。
まえもって伝えられるパーティーの日程は以下のとおりです。
12/24パーティーのことは乗船時からだれもが知っているイベントで、NPCとの話題にもたびたび出るはずです(「あなたは何の仮装をなさるのですか」「楽しみですね」など)。キーパーは何の仮装をするのかプレイヤーに考えさせてください。ちなみにこのパーティーはあくまでもイギリス上流階級風の上品なもので、品のない仮装は歓迎されません。シェイクスピアやディケンズの登場人物、あるいは歴史上の偉人の仮装がメインです。プレイヤーが思いつけなかったらキーパーが助言してもかまいません。また、切り裂きジャックの仮装だけはさせないようにしてください。
19:00 ショースペースでバンドの演奏と歌のショーを開始
ラウンジでダンスパーティーを開始
23:00 ラウンジをいったん閉鎖、仮装をする客は戻って用意
23:30 ラウンジをオープン、客の入場開始
24:00 船長あいさつ、パーティー開始
NPCの仮装は以下のとおりです。仮装したNPCはその雰囲気を出すべく描写してください。
ダンカン・グレイとサンディ・グレイはモーツァルトとその妻コンスタンツェです。エドワードはチャップリン、エリスは怪盗紅はこべ、ロード・ロジャーはピョートル大帝です。これ以外のNPCは仮装しません。仮装はPCと重複しないように誘導すべきですが、そうなってしまったらNPCの仮装を変更してください。仮装の例としては、ナポレオン、シャーロック・ホームズ、オセロー、フォルスタッフ、ウェリントン将軍などが分かりやすくていいでしょう。なおこれらの仮装はシナリオにおいて特別な意味を持つものではなく、キーパーの知識や趣味によって変更してもかまいません。
■ 開幕
23:30過ぎあたりからがプレイの本編です。皆がラウンジに集まってきます。NPCと会話したり豪奢な雰囲気を描写したりするうちに24:00まであと5分という時刻になり、ラウンジ前方の小さなステージに船長が登場します。
「ええ、皆様! わたくしが船長のサー・ブルーノ・サバティーニであります。今宵のかくも栄誉ある方々に囲まれてのクリスマス、わたくしにとってもバージニア号にとってもまことに光栄の至りであります。それでは皆様の健康と楽しいクリスマスを祈って──」
客が「乾杯!」と声をあげようとした瞬間、叩きつけるような音を立てて人影がステージに飛び乗り、そのためラウンジ中が毒気を抜かれたように静まってしまいます。船長は抗議しようと顔を真っ赤にして詰め寄りますが、人影は黙って船長の前のマイクを奪い取ります。
人影は長いコートを着て帽子を深くかぶり、ブーツと手袋を身につけているようです。顔は全く見えません。左手には床屋が使うような長いカミソリを持っています。ここで全員に〈アイデア〉ロールと〈目星〉ロールを行わせてください。〈アイデア〉に成功したPCはこの服装が「切り裂きジャック」ではないかと気づきます。〈目星〉に成功すれば、身長180cm以上であることを見てとります(キーパーが望むならば、カミソリを左手に持っていたことについて念を押してもかまいません)。また、プレイヤーが即座に「ラウンジに今だれがいるか確認する」と言ったら、さっきまでいたアーサー・ゴールドフィッシュとハリソン・バインが消えていることが分かります。
人影は妙にくぐもった声でこう切り出します。「お楽しみのところ申し訳ありません。しかしこれから始まる舞台の方がよりスリリングであることを保証しましょう。それは『狩り』です! 私こと切り裂きジャックは、たった今から、この船すべてを狩場にして恐怖と戦慄に満ちたハンティングを開催することを宣言いたします。タイムリミットは3時間──それまでに私を止めて爆弾の停止装置を手に入れなければ、あなたがたは全員が海の藻屑となって消え去る運命です。それでは……健闘を祈ります!」
そう言い終えたとたんに足元を揺るがすような爆音が響き、シャンデリア型の電灯がすべて消え、ステージのフットライトだけが残って謎の人物と船長を照らします。だれもが事態を把握できずにいるその瞬間、ジャックを名乗る人物が手に持ったカミソリを一閃します。カミソリの刃が虚空を薙ぎ──そして呆然とした表情を浮かべたままの船長の首が胴体から離れてゆっくりと後方へ落下します。
この光景を見た者は1/1D8のSANを失います。この直後にフットライトも消え、ラウンジが闇に包まれます(注意して見ているPCがいれば分かりますが、その直前にデクスター医師がドアから抜け出します)。
客はパニックに陥り、悲鳴や怒号を上げて我先に後方のドアから逃げ出そうとします。中には呆然と立ちつくす者やステージに向かって走りだす者もいます。混乱した客のただ中で思うとおりの行動を取るには〈幸運〉や〈回避〉ロールが必要になるかも知れません。
■ 舞台裏
ステージに登場したコートの人物には中身がなく、カミソリの魔力で洋服だけが動いています(『ニャルラトテップのカミソリ』の項で詳しく述べます。この時点で操っているのはサンディ・グレイです)。
この開幕の演出はすべてダンカンによって念入りに計画されたものです。彼は手製の時限爆弾を大量に用意してこの日に備えてきました。そのうち最大のものはエンジンルームの床に溶接して設置され(『時限爆弾』の項を参照)、それ以外の比較的小型の爆弾はAデッキの救急用ボートと無電室を破壊するためのものです。
ダンカンはトム・メイヤーいう名の若いスチュワードにチップを渡して「この箱を12時少し前に無電室に持って行ってくれ。仮装パーティーの余興に使うんだ」と言いくるめました。トムは何も知らずに爆弾入りの箱を運びました。救命ボート付近に仕掛けられた合計8個の小型時限爆弾とトムの爆弾はどれも12時ちょうどにセットされており、それが船を揺るがした爆音の正体だったのです。トムは無電室で数人の船員を巻き込んで爆死しました。ダンカンは送電設備にも細工を行っており、ラウンジの電気が消えたのはそのためです。
仕事を終えたコートの人物(以後「ジャック」と呼びます)は、闇に紛れて船首方向のドアから出て階段を駆け降ります。ダンカンとサンディは部屋の隅でパニックをやり過ごし、しばらく待ってからラウンジを出ていきます。
「狩り」と手掛かり
爆弾が作動した時刻を12:00とし、時計をプレイヤーの前に置いてください。以後は実時間でプレイを行い、3:00になるとエンジンルームの爆弾によってバージニア号は沈没します。このタイムリミットはキーパーにとっても絶対のものであり、パーティー分割や相談タイムと言った理由であっても延長してはなりません。その代わりに船内での移動や捜索の時間に関しては大目に見てやるべきです。キーパーのスムーズかつ公正なシナリオ運びが必要であることを覚悟してください。
このシナリオの本編はここからですが、これ以後には定められたストーリーが存在しません。PCとNPCがそれぞれの思惑で行動するさまがストーリーを形成するのです。PCの目前で発生するイベントもあるでしょうが、PCが何もしなくても見えない場所でNPCたちは動いています。あるイベントに対するPCの反応がNPCの次の行動を左右するため、キーパーはNPCの動機と行動をしっかりと把握し、アドリブでプレイを進行させなければなりません。
この章ではバージニア船内の状況と物的証拠を示します。キーパーはその場の勢いで勝手に証拠を造ったりしないでください。それはお互いにとってフェアではありません。
■ ニャルラトテップのカミソリ(レイザー・オブ・ニャルラトテップ)
このシナリオの要となるマジックアイテムであり、ニャルラトテップがダンカンのために造ってやったものです。刃渡り約21cmの美しいカミソリで、柄にはエジプト風の彫刻が施されています。その主な能力は「カマイタチ」と「ジャックの影」です。
カマイタチとは離れた物体を攻撃できる空気の刃です。幅60cmの見えない刃で9mまでの距離にあるすべての物体を切り裂くことができます。ダメージは4D10で、ロールしたダメージ値から物体の耐久力を引いていき、破壊されない物体があればそこで止まります。切断面は極めて滑らかで、まるで厚さがない刃物で斬ったかのようです。命中率は常に80%で、1回放つごとに2ポイントのSANと5MPを消費します。ただしニャルラトテップが力を貸してやっているのでこのシナリオでのダンカンとサンディはMPを消費する必要がありません(SANはすでにゼロです)。ゲームルールで言うところの貫通はしません。
カマイタチを人間に向けて使った場合には専用の命中部位判定のルールを使用します。命中が頭部か胴体ならば即死します。その鋭利すぎる切断面のため、手足の切断ならばその部位と耐久力の半分(切り上げ)を失うだけで済みます。カマイタチにはまったく痛みがないので斬られた当人がしばらく負傷に気づかないこともあります。すでに失われた部位に当たった場合はキーパーの描写と判断に任せます(手首→腕→肩と斬られれば同一箇所に何度もダメージを受ける可能性もあるからです)。壁や扉などの遮蔽物に隠れたPCに対する攻撃では、耐久力の半分を失った場合にのみ部位切断が発生します。PCや重要なNPCの即死には注意してください。そのPCに落ち度がなければ手足の1〜2本で許しておいてやるべきでしょう。
1D20 命中部位 01〜03 右足 04〜06 左足 07〜13 胴体 14〜16 右腕 17〜19 左腕 20 頭部 ジャックの影とはいわば生き霊のようなもので、使用者の魂に半実体を与えるというものです。カミソリを持った人物が意識を集中すると魂が抜け出し、カミソリを持って移動することができる「影」が形成されます。影は知覚能力とSTRとDEX(使用者と同じ)だけを持っていますがまったくの透明です。触ると霧のような感触がありますが攻撃されてもダメージは受けません。影は使用者の意志で消滅させられますが、連続して同一人物が使用するならば離れた場所のカミソリから再び影が出現します。影を動かしている人物の肉体に意識はありません。持続時間は1MPにつき5分間です。影はカマイタチを使用できます。
影は洋服をまとって動くこともできますがその必要がある訳ではなく、服がなければ事実上「宙を舞うカミソリ」です。ダンカンとサンディはこの能力を十二分に活用します。たとえばジャックは小部屋に逃げ込んで消滅します……カミソリは家具の隙間に隠し、服と帽子を残して消え去るのです。そして逆の方法を使ってだれもいないはずの部屋からジャックが出現します。
キーパーは狩りの前半に影の存在をプレイヤーに気づかせるべきです。影の存在に気づかないプレイヤーは「ジャックが出現したときにラウンジにいなかった人間が犯人だ」と思ってしまうためです。弾丸が抵抗なくコートを貫通した、帽子を落としたら中身がなかった、扉で押し潰したのに生きている、などの描写を利用することが考えられます。あまりあからさまな表現は避けてください(カミソリが宙に浮いている、など)。
■ 時限爆弾
Gデッキのエンジンルームは所せましとピストンやシリンダーが並んだ巨大な部屋で、エンジンの音で声も聞こえないような状態です。この部屋を探すキャラクターは〈目星〉を行い、成功するとメインエンジン近くの床下に隠された時限爆弾を発見します。
この爆弾はダンカンの自信作であり、極めて高度なしろものです。一見しただけで爆弾が船体に溶接されていることが分かります。〈機械修理〉に成功すると、複雑にダミーがからまりあっていて、とても2、3時間で解除はできないと分かります。もし爆発すれば間違いなくバージニア号は沈没するであろうとも確信します。〈電気修理〉に成功すれば時限装置の構造を把握できます。タイマーはAM3:00にセットされていて、時間がくると爆発しますが、電波受信器に停止信号を送ってタイマーを止めることができる構造になっています。しかしどのような波長の電波を使えばいいのかは分かりません。
ダンカンが持っている停止装置(今で言う携帯電話ほどの大きさで、ボタンを押すと信号を発信します)がこのシナリオで爆弾を停止させられる唯一の手段です。それ以外の手段で爆弾を取り除くことは不可能です。〈機械修理〉と〈電気修理〉が高いキャラクターがあくまでも爆弾を処理しようとするかもしれませんが、専用の道具とかなりの時間が必要ですし、何よりジャックが阻止しに来ます。
■ 資料室
Cデッキにある資料室にはちょっとした図書館並の蔵書があります。特に新聞の類いはかなりのファイルがそろえられており、ジャック・ザ・サードについて調べることができます。このシナリオでは1回の〈図書館〉ロールにはおよそ5分かかるものとします。その間は別行動のPCの処理を行うなどしてください。
キーパーは何について調べるのかを出来る限り詳しくプレイヤーに述べさせてください。プレイヤーが「ジャック・ザ・サードについて調べる」とだけ言ったならば、『背景』の章で述べられている程度のことを伝えてください。それ以上誘導する必要はありません。「ジャック・ザ・サードの死んだ状況について」と言われたら、以下の情報を与えてください。
『ルーカスはジョセフ・グレシャムに目をつけて一人で尾行と監視を続け、ある夜の2時頃に人目を避けるように家を出たジョセフを追った。ジョセフは街頭の売春婦に声をかけて裏道に連れ込んだ。ルーカスは急いで飛び出したがわずかに遅く、ジョセフがカミソリで女の喉を切り裂いた瞬間を目撃することになった。ジョセフは半狂乱になってルーカスに襲い掛かってきたが、ルーカスはとっさに撃ち、ジョセフは即死した』──これが新聞で知り得る情報です。これの意味するところは、ジョセフの犯行現場を目撃したのはルーカスだけだということ、そしてルーカスの言葉以外に証明となるものは何もないということです。
プレイヤーが「事件解決後に関連する記事がないか調べる」と言ったら、半分の成功率の〈図書館〉ロールが必要です。ジョセフが死んだ2カ月後に、ジョセフの両親が押し込み強盗に襲われて死亡したと書かれています。この事件もルーカス警部が担当しましたが、解決されたという記事はありません。この記事を発見したキャラクターに〈幸運〉ロールをさせてください。成功ならば、「残された家族が帰国し財産を引き継ぐ模様」という記事も発見します。
ジャック・ザ・サードの記事を読んだキャラクターは顔写真を目にしたことになります。ぼんやりした写真ですが、痩せた気の弱そうな青年が写っています。プレイ後半にプレイヤーが、乗客の一人がジョセフの身内ではないかと考える可能性がありますが(そうあって欲しいものです)、顔写真が手掛かりの一つになりえます──つまりジョセフとダンカンの顔立ちが似ているのです。しかしプレイヤーが「ジョセフはだれかに似ていないか?」としか言わなかったのならばキーパーは明確に答えてやる必要はありません。プレイヤーが相応の根拠を述べて「ダンカン・グレイに似ていないか?」と明言された場合にのみ、そうだと答えてください。ただのあてずっぽうやカンならば返答の義務はありません(NPCの名前をかたっぱしから言えばいつか当たってしまうではありませんか)。なおダンカンとサンディの顔立ちは似ていませんが、髪(オレンジがかった金髪)と目(灰色)はなんとなく近い色をしています。
資料室で発見できる新聞記事はルーカスの部屋でスクラップブックとしても見つけられますが、ルーカスが自分からPCに見せることはありません。ルーカスの家族が殺されてから部屋を調べて見つけるしかありません。
■ 無電室
トム・メイヤーの持ってきた爆弾で破壊されて見る影もありません。無線設備は完全に使用不能ですし、修理にはかなりの時間がかかるでしょう。トムは死亡しましたが無電室にいた8人のうち2人は生き残り、手当てを受ければいずれ意識を回復します(その前にジャックに始末されなければですが)。話を聞くことができれば、トムが持ってきた箱が爆発した、という証言が取れるでしょう。
■ その他
特に場所を明記はしませんが、船内には当然あるべき道具があるはずです。乗客の火器は船で預かる規則なので(PCが隠し持っていてもいっこうにかまいませんが)非常事態ならば銃を手に入れることもできます。船にはショットガンも数丁あります。斧や棍棒も入手できます。
工具や油は大量にありますが、火薬やダイナマイトは積んでいません。発電機と送電設備はエンジンルームの隣の部屋ですが、ジャックはこちらに細工してはいません(ラウンジの明かりが消えたのは配電盤に仕掛けを行ったためです)。
NPCの行動
ジャックが「狩り」を宣言した後の船内は混乱状態に陥ります。以下はNPCの行動の指針です。
■ ジャック
すでに述べたようにダンカンとサンディの目的はルーカス主任警部です。この「狩り」はルーカスを精神的に破綻させることが最終目的なのです。それにはルーカスの妻と娘を殺すだけでは足りません。ルーカスをあざ笑い、屈辱を浴びせかけ、精神の平衡を崩す必要があるのです。
ジャックは殺して殺して殺します。およそ5分に1人のペースを維持して船客を殺してまわります。壁に挑発的な血のメッセージを残しながら猟奇的かつ残酷無比に殺人を続け、その存在は神出鬼没どころか物理法則を越えています。時には大きな部屋に集まっている30人の船客をまとめて始末することもあり、操舵室や医務室に飛び込んで抵抗を排除することもあります。連絡室から船内に放送をすることさえあります。
壁のメッセージには様々なものがあります。シェイクスピアの引用(「それにしても、年よりのくせにこんなにたくさんの血があろうとは……」「よいか、ハムレット、お前の父をかみ殺した蛇は、今では王冠をいだいておる」「真実ってやつは、外に放り出される犬みたいなものさ」)や偉人の言葉(「目には目を。骨と化しても執念は消えず」ヴィルギリウス)もありますが、半分は挑発の言葉です(「次は貴様だ」「無能な警部さんによろしく」「だれもわたしを止めることはできない」「君が一番乗りだ」)。メッセージの共通点は死と復讐と真実であり、プレイヤーに対して真相を喚起する役割も持っています。キーパーはこのような血文字のストックを大量に自作しておいてプレイに臨むとよいでしょう。
ジャックのコートの中身はたいてい「影」ですが、MPの節約のためにダンカン自身が中に入っていることもあります(特にシナリオ後半では)。サンディが影を操るのは自室からです。ジャックの殺人を冷静に分析すると、殺す相手としては主に船客を狙っており、船員には比較的手を出さないことが判明します。また男の方がかなり多く狙われていることも分かります。ダンカンはサンディに対する愛のために無意識的に女を殺すことを避けているのです。
恐怖感が薄れてしまいかねないのでジャックの姿を何度もPCに見せないでください。ただし少なくとも1度は直接PCを襲うことがあります(単独行動しているPCが目標です)。ルーカスとデクスターに対して攻撃は行いません。
■ マルコム・ルーカス
船長なきバージニア号で犯人捜索の指揮を執りうる唯一の人物であり、序盤でPCをまとめてストーリーを後押しする役目を果たします。ルーカスはPCを「使える人間」であるとみなして協力を要請してきます。どこかの部屋を対策本部にし、船員を動員して組織的な捜査を開始します。ただしあくまで序盤だけのことです──ルーカスは有能すぎるのでPCを駒のように使いかねないからです。そのためルーカスは捜査の道筋を示して退場します。その道筋とは「ジャックはただの愉快犯とは思えない。きっと何か隠された意図があるはずだ」というものです。もちろん彼自身はうすうす真相に気づいていますが、口が裂けてもそんなことは言いません。
妻と娘が殺された時点(「狩り」の開始から1時間あたりがよいでしょう)でルーカスは役に立たなくなります。ルーカスの反応は虚脱状態か逆上のどちらかです。キーパーが状況に応じて決定してください。
彼は終盤になるとジャックを殺すために行動を開始しますが、あくまでも最初にジャックの正体と真相に気づくのはPCでなければなりません。ルーカスはPCの動向からのみジャックの正体を察知できるので、PCより先にルーカスがダンカンと対決するような場面は発生しません(ほぼ同時ならばありえます)。
■ ダンカン・グレイ
サンディを部屋に連れて帰るためラウンジを出て行きますが、時限爆弾が見つかったころに現れてPCに協力を申し出ます。爆弾を解体できるかもしれないと言ってきて一人で作業にかかるのです。PCが護衛や協力をするかもしれませんが、どうせ無駄だということがすぐ分かります。作業中にジャックが襲いかかってくるからです。もちろんダンカンは必死の抵抗の末に軽い負傷だけで難を免れる結果に終わります。
それ以後もケガをおして協力的な態度を見せますが、それはすべてルーカスの正体をPCに知らせようとそれとなく誘導するためです。サンディの様子を見るとか言ってはしばしば抜け出してジャックとして動き回ります。
■ サンディ・グレイ
主に影を操るために部屋で寝ていますが、小細工をするためにしばしばあたりを歩き回ります。廊下でばったりPCと行き会うことがあるかもしれませんが、シナリオ後半ならば服に血のついたキャラクターなど珍しくないことに留意してください。それ以外にはこれといったことはしません。
■ アンブローズ・デクスター
ただ船内を観て回ります。まったく異常なほど偶然に犯行現場に居合わせたり死体のそばに立っていたりします。優雅に葉巻をふかしながら愉快そうに周囲を観察し、次の犯行を探しに向かいます。重要そうな場面にはなぜか必ず立ち会っていますし、必死でPCが駆けつけるともう来ていたりします。
時には密かにPCの邪魔や協力にまわります。シナリオの進行と時間経過を見ながらほんのちょっとずつ手を下してください。デクスターはある意味でキーパーの意志の体現者です。キーパーの恣意を反映できるキャラクターは彼だけなのです。あまりにPCが無能ならば手掛かりを教えてもかまいませんが、犯人や推理に関する誘導をしてはなりません。
デクスターとジャックは顔を合わせても互いを無視します。たとえ狭い廊下ではちあわせても、ジャックは逃走も攻撃もしません。
■ エドワード・ディクソン
ひたすらデクスターを追って船内をうろうろします。後半には精神的にまいってしまい、自分の正体を明かしてPCに助けを求める可能性もあります。超自然現象を受け入れることができないので事態を把握できないのです。
■ ロード・ロジャー・アートソン
自分の命と「スルタンの王」を守るために必死になりますが、ただそれだけの男です。いつ殺してもかまいません。
■ ハリソン・バイン
船内の混乱に乗じてスルタンの王を狙います。5人死んでもそれを利用しようぐらいにしか考えませんが、50人死ぬとあまりの事態に恐れをなしてしまいます。犯人捜しなど知ったことではありませんが、自分の命は大事です。命を保証してもらえるならば正体を白状します。
■ エリス・アルモンド
積極的に事件に関与しようとはしませんが、彼女がジャックに襲われようとする場面にPCがいきあったりしてもいいでしょう。マネージャーは序盤で殺してしまってかまいません。エリスの扱いの比重は物語の流れとキーパー次第です。
■ アーサー・ゴールドフィッシュ
ルーカスを別にすれば船内の最高責任者ですが、最後まで事務的な態度が崩れることはありません。船員を管理・動員して船内の状況を把握する管制係です。いろいろな処理のために動き回る必要があるのでPCの前から消えている時間が多く、後半まで有力容疑者として残ります。
終幕
直接的に幕を引くべきキャラクターはダンカン・グレイとマルコム・ルーカスですが、PCの行動が大きな役割を果たします。最悪の結果は3時間経っての沈没ですが、PCが何もしなければまずそうなることでしょう。
PCの最低限なすべきことは「ジャック(コートの人物)の動機を推理する」「ジャック・ザ・サード事件の真相を推理する」のふたつです。プレイヤーの思考の方向性が正しいと思われた場合には、それに応じてキーパーが手がかりを与えていってください。
このシナリオでは展開と結末を固定しません。様々な決着のつけ方が考えられますが、すべてはPC次第です。PCがあくまでもジャックを倒して爆弾の停止装置を手に入れることだけにこだわるならば、ルーカスが狂乱してショットガンを手に暴れだすといった展開も考えられます(ルーカスに注意を引きつけ事件を錯綜させるため)。ジャックの動機を探ることを優先したならば展開はスムーズでしょうが、時間を見ながらデクスターによってブレーキをかける必要もありえます。ジャックが直接に妨害してくることもあるでしょう。PCがNPC(例えばハリソン・バインやアーサー・ゴールドフィッシュ)を拷問することも考えられますし、船員を使って山狩りならぬ組織的な「船狩り」を行うこともありえます(ジャックの能力を見せつけて、数や力で対抗せんとすることの無意味さを教えてやってください)。
ルーカス、ダンカン、サンディは全員SANがゼロですが、正常な思考や感情が完全に失われているわけではありません。よって精神の平衡を崩すことも回復不能な狂気に陥ることもありえます。ゲームのルール上SANがゼロという扱いにされているに済ぎません。彼らは狂人とはいえ意志を持った人間なのです。
終幕はPC対NPCないしはNPC同士の対決になる可能性が大です。どんな形になろうとも、キーパーはダイスロールよりも会話と選択を重視して決着をつけてください。PCにとっての目標は何よりも生き残ることであり、つまり爆弾停止スイッチを手に入れることが最優先です。どうすればダンカンの持つスイッチを手に入れられるのか、が全ての行動の判断基準になるはずです。そして、PCがスイッチを手に入れたときこそがシナリオクリアなのです――NPCが何人死のうとも。
生き残ったPCはデクスターに褒めてもらえます。デクスターの口からキーパーの講評を伝えてもよいでしょう――「君の行動は75点だな。爆弾解体をエサにしてジャックをおびき出そうというアイデアはなかなかだったよ……」などと。ただしカミソリはいつのまにか消えてしまっていて、決してPCの手には入りません。
最後にPCは報酬として2D6ポイントのSANを得ます。
キーパーへの注意
殺害描写はキーパーの趣味によるところが大きいと考え、シナリオ内で詳しく述べていません。独創性と猟奇性を追及して詳細に描写してもかまいませんし、無残なありさまとだけ伝えてもいいでしょう。しかし冗長な説明を繰り返すことは避けてください。このシナリオはサスペンスとパニックを重視しています。タイムリミットはプレイのテンポと緊張感を維持するためのものなのです。
死体を見て失われるSANは0/1D6程度ですが、無数の死体に対してすべてSANチェックを行う必要はありません。殺された人間とPCとの親密度、状況、数などからキーパーが適時判断してください。
常識で言えば、たとえ応急手当を受けたとしても、重傷を負ったキャラクターがすぐにプレイに復帰するというのは不自然です。しかしこのシナリオではそんなことを言っている余裕はありません。プレイヤーにもそれを理解させて、必死にがんばってもらってください。
主要なNPCをどのようなペースで何人殺すのかはキーパー次第です。殺せば殺すほど容疑者の幅が狭まってくることになってしまう反面、恐怖感をあおることができます。ルーカス、ダンカン、サンディ、デクスター以外のNPCは全員がジャックの犠牲者になりえます。愚かな行動をとるならばPCであっても遠慮なく殺すべきでしょう(だれかを守るために盾になろうとするというのは、このシナリオにおいては充分過ぎる愚かしさです)。
シナリオの中には技能ロールの指針があまり記されておらず、特に〈アイデア〉ロールでプレイヤーに手掛かりを与えようとしていません。これはこのシナリオが犯人当ての要素を持っているため〈アイデア〉に頼るべきではないという意味です。捜索や資料検索に関しても、どこをどう調べるかをプレイヤーに述べさせる方が重要です。しかしこれはプレイヤーとキーパーのプレイスタイルにも関係する問題であり、そう望むならば〈アイデア〉を多用してもいっこうにかまいません。
ハンドアウト
別ウインドウで画像を開きます。
NPCイラスト1 NPCイラスト2
マップ
デザイナーズ・ノート
「アウター・ゴッズ」の3作目。副題は“RAZER of NYARLATHOTEP”。貴族的な雰囲気は序盤だけで、全編通して血と肉片が飛び散るサスペンス&スプラッターです。どうぞこの死体の山を満喫していってください。
シナリオに高い自由度を与え、かつ、フェアなシナリオ運営を行う(=場当たりのアドリブに頼らない)ためにはどうしたらいいか? 私はこの問いの答えを「詳細な設定」と考えました。TRPGにおけるアドリブという言葉は、ノリ重視、つなぎ処置、マスターの気分次第、などの印象を抱えていて、TRPGのゲーム性を引き下げるために一役買っています。ならば詳細なシナリオによってそのアドリブに根拠を与えれば、「マスターが思いつきでセッションを進めている」などと言われなくても済むのではないでしょうか?
“バージニアへようこそ”はまさにそのようにデザインされましたが、結果、この考えはシナリオデザイナーとキーパーにかなりの負担を要求することが判明してしまいました。つまり、プレイ時間のわりにはシナリオの分量が多くなり、さらにキーパーはセッションの大部分を設定に基づいたアドリブで進行させなくてはならないのです。この負担はばかにならないので、もうこのような「詳細に舞台を作っておき、プレイ自体はアドリブで進行させる」形式のシナリオを書くことはないでしょう(自分でキーパリングするぶんには問題ないんですけどね)。
実際、このシナリオは一般的なTRPGシナリオの書式からはかなりかけ離れています。キャラクターと舞台こそ用意されているものの、イベントや結末については何も決まっていないのですから。処理速度に自信のないキーパーには多少つらいシナリオになるでしょうね。あえて基準を作るとするなら、「シナリオに書かれていることは絶対に遵守する」「手がかりはプレイヤーの調査発言が的を射ているときにだけ渡す」「NPCたちは当人なりの知恵を絞って独自に行動する」といったところでしょうか。キーパーはただ機械のように物事を的確に処理していってください。ストーリーや意味などといったものは、出来事の羅列の後ろからついてくるものなのですから。
勝手に動き回るNPCどもの中、キーパーの味方はデクスターだけです。予想外のトラブル、早すぎる解決、PCの致命的なミスなどに関しては、すべて彼で対処してください。いざとなったら死者復活ぐらいやってもかまいません。なんせニャルラトテップですから。
では、あなたにデウス・エクス・マキナの加護があらんことを。そして、よい航海を!
参考文献
☆『バージニアによろしく』──『ゴージャス・アイリン』(荒木飛呂彦、ジャンプコミックス、集英社)に収録。まったく原形をとどめていませんが、一応このシナリオのアイデアソースです。
☆『尖塔の影』──ロバート・ブロック、『クトゥルー7』(青心社)に収録。アンブローズ・デクスター医師に関する設定と描写はこの作品からの引用です。
☆『盲目の理髪師』──ディクスン・カー、井上一夫訳、創元推理文庫。
☆『赤い羊の刻印(1)(2)』──由貴香織里、花とゆめCOMICS、白泉社。